不登校でもイイじゃん 〜あべのブログ〜

『行かせるよりも、生きさせる』 不登校生、保護者、経験者らへのカウンセリングや学習指導、またイベントなどを行っております。

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本人の意思を尊重するということ

   

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新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

新年を迎えると、さっそく「新学期」「新学年」あるいは進路のことで頭がいっぱいになる方も多いと思います。そこで、ちょっとだけ厳しいことを書かせて下さい。

 

「本人の意思を尊重する」と言い、どうしたいのかを本人に決めさせるという保護者は少なくありません。「学校へ行くのか行かないのか」「高校へ行きたいのか行きたくないのか、どの高校へ行きたいのか」「AにするのかBにするのか」、とにかく本人に決めさせようと、本人の意思を尊重するために「自分がどうしたいのか言いなさい」「自分で決めなさい」と。

 

しかし、そのようなご家庭に限って、なかなか決められない子は多いです。「わからない」「決められない」と。

保護者としては「意思」が「わからない」では「尊重」もできないので、とにかく「自分でどうしたいのか言いなさい」「自分で決めなさい」と繰り返すことに。

 

けど、

本人の意思を尊重するのであれば、まず「わからない」「決められない」という意思を尊重してあげて下さいね。

わからないものは、わからないのです。決められないものは、決められないのです。

 

決められないものを「自分で決めなさい」と言うことが「尊重」の気持ちであればまだ良いのですが、決めるやいなや「自分で決めたのだから、やりなさい」と念を押され、ちょっと違うことをしようものなら「どうして自分で決めたのにできないの」と責められ、そして失敗しようものなら「自分で決めたことすらやらない」などとダメ押しをされ、ひどいときに「またウソをついた」とか「意思が弱い」などと人格否定をされる。

これでは、たまりません。「自分で決める」ことなど、こわくなります。

 

「決められない」のを「自分で決めなさい」と言われ過ぎるあまり、自分の意思に反して仕方なく決める子はいます。本人が「どうしたい」ではなく「どうすれば親に怒られないか」とか「どんな答えを親は望んでいるのか」とか「フツーはどうあるべきなのか」とか、あるいは「どうすれば失敗しないか」とか、あるいは「とにかく決めてこの場を逃れなくては」とか。

こんな気持ちのまま「自分で決め」たのに、「ウチは何でも自分で決めさせてます」などと鼻を高くされては、やはりストレスしか生まれません。

 

だからまずは、

「決められない」という意思を尊重してあげて下さい。

 

自分で決めさせないと「自分で決められない大人」になってしまうのではないか、と危惧されるかもしれませんが、

ボクが思うに全く逆です。

自分が「どうしたい」という意思を尊重されなかったり、「自分で決めたのだからやりなさい」という根拠として利用されるばかりでは、むしろ「自分で決める」ことがどんどんこわくなって、できなくなるでしょう。「自分で決めたら失敗できない」「とにかく決めてこの場をやりすごさなければ」などと考える習慣もつけば、余計に「自分で決める」ことに抵抗が生まれます。「自分で決める」という大きな荷物を背中に乗せられるようなものです。

そこには、自分の意思を「尊重されている」と思える感情は生まれません。「失敗するかもしれないけど、やってみよう」などという「意思」は、生まれづらいでしょう。

 

ですので、

「わからない」「決められない」という意思を、いったん尊重してあげましょう。そして、自分で決めた場合にも「自分で決めたのだから」などと言わず、逆に軌道修正や方針変更も“尊重”する姿勢でいてあげて下さい。

そこまで「尊重」することで、本当の自分の「意思」を言いやすくなりますので、それをあらためて「尊重」してあげましょう。

 

「尊重」という言葉は「尊ぶ」ことであり「重んずる」こと。

本人が「決められない」ものを「自分で決めなさい」と言うやりとりをしているとき、本人の言葉や態度を尊いものとして重く受けとめてあげられているかどうか、ちょっと自問自答してみましょう。

 

いったん、尊んで、重く受けとめてみて下さい。

いったん、本当に本人を「尊重」できたとき、「決められない」と言われて出てくるのは「そうだよね、決められないよね、決めるのは難しいよね、どうなるかわからないもんね」といった共感の言葉になるはずです。自然とそうなると思います。もともと保護者として持っている大きな愛情がすんなりと出てくるはずです。すんなりと愛情を自覚できるので、保護者自身もフッと気持ちが楽になるはずです。

 

そして、そのように出てくる言葉こそ、本人が潜在的に強く求めているものだったりします。「そうだよねー」と言って欲しいだけなのです。「そうだよねー」と言ってもらえるだけで、何年ぶんもの大きな重たい荷物が消えることもあります。当然、本人の気持ちもフッと楽になるはずです。

 

そうなったら、あとはもう本人の「本当の意思」を尊重してみましょう。

「意思を尊重する」というのは、ひと手間くらい多いものだと思うといいかもしれません、決して簡単なことではないのでしょう。しかし、そのひと手間から生まれる価値は大きいはずです。

そして、その価値は、新しい年で生かされることでしょう、親子ともに。

 

というわけで、今年もよろしくお願いします。

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